
2012年10月22日月曜日
【英語の視点】
「英語の視点」について考えます。
【 I (私)】(なぜ I は大文字なのか) では次のような結論となりました。
英語の視点 : 「神の視点」 (鳥瞰図的視点)
→ 「具体」と「抽象」を形で区別するという特徴
「話し手」と「英語」の関係 : 支配と被支配の関係
→ 英語にとって話し手は「神」のような存在
「話し手」 = I : 英語にとって I は「神」のような特別な存在
→ I を大文字にする
= I の抽象度が他の人称代名詞よりも高い
まとめると、「話し手( =私=I)は特別な存在だから I を大文字にする」という結論でした。
ところが、その結論自体はそれでいいとしても、別に「英語の視点」(鳥瞰図的視点)というポイントがなくても、この結論は得られるのではないか、とも言えてしまいます。
そこで、もう一度「英語の視点」について以下のように再構成してみたいと思います。
英語の視点 : 「ニ重」の視点
= 「英語自体の視点」 + 「話し手の視点」
= 鳥瞰図的視点 + 話し手自身の視点
= 客観的視点 + 主観的視点
*話し手=私=I
英語を母国語とする人が英語を話す時、無意識的に、まず鳥瞰図的に全体を上空から見渡すような視点をもち、それに加えて、話し手である私自身の視点という「二重の視点」を持っています。
そして、この「二重の視点」は、まず全体を見渡すという英語自体がもつ「客観的視点」があり、次に、私という話し手自身の「主観的視点」がそれに重なるという二重構造となっています。
以上の「英語の二重の視点」から、次のことを導くことができます
1.最終的に私という話し手の視点が必要となるため、英語にとって話し手はやはり特別な存在となる。→ I を大文字にする
2.英語の特徴である「具体」と「抽象」の区別は、この英語の「二重の視点」の結果でてくる特徴である。
特に2は、本ブログの主題ですので以下のようにまとめたいと思います。
英語の視点 : 「ニ重」の視点
= 「英語自体の視点」 + 「話し手の視点」
= 鳥瞰図的視点 + 話し手自身の視点
= 客観的視点 + 主観的視点
= 「抽象」 + 「具体」
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